ベンチャー企業のM&A:買い手のリスク削減策

大企業のベンチャー企業への投資は急増するが、失敗も増加

2018年1月13日の日経新聞に、大企業によるベンチャー企業への投資状況に関するデータが掲載されていました。2017年の大企業のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)からの投資額は681億円(内、国内向けが353億円)となっており、この額は5年前の27倍に増えているとのことでした。投資件数についても、前年比19%増の172件となり、過去最高の金額となっています。

 

一方で、ベンチャー企業への投資によって失敗する大企業が増加していることも事実です。森経営コンサルティングの調査によると下記の事例が挙げられます。

 

1つ目はDeNA社によるキュレーションメディアのMERYを運営するペロリ社への案件です。買収額は35億円と言われていますが、有価証券報告書ベースでの減損額は26.5億円となっており、正しい株式価値は8.5億円だということが明らかになっています。

 

2つ目は、ゲーム大手のネクソン社によるゲーム会社gloopsの買収です。買収額は当時としては異例の365億円でしたが、有価証券報告書ベースでは243億円を減損しているとみられ、実態の株式価値は122億円だったと考えられます。

 

「拙速な買収」も失敗の要因のひとつ

大手企業のM&Aにおいても、このような多額の「失敗」を計上してしまう原因はどこにあるのでしょうか。その原因は2つあります。

 

1つ目は、買収することが先行して拙速なM&Aを行ってしまうからです。東芝原発建設会社への投資のケースも、筆者が過去にコンサルティングをした会社のケースでも、この拙速なM&Aが原因で、本来の価額を大きく上回る額でM&Aをしてしまっていました。

 

筆者がコンサルティングをした会社のケースでは、デューデリジェンスをする前に、該当会社の取締役陣で買収額が話されており、会計士を含むデューデリジェンスチームの意向が通しにくい状況でした。筆者は新規のM&Aの検討途中から参加したのですが、過去の投資案件についても、新規の投資案件についても、価格を下げにくい状況でした。

 

2つ目は、投資先のビジネスがよくわからないままに投資をしてしまうからです。ITベンチャーやバイオベンチャーなど、新しいビジネスにおいては、買収後にどのような売上・利益になるのかが予測しづらい場合が多くあります。その場合、赤字企業が大きく利益を出すという予想を信じてしまい、買収をしてしまうことがあるのです。

 

「アーンアウト条項」を利用し、条件付で企業を買収

では、このような状況の場合、譲受側の企業はどのような方法でリスク低減をすることができるのでしょうか。その答えは、「アーンアウト条項」にあると考えられます。

 

「アーンアウト条項」は、条件付取得対価と言われており、価値評価の鍵となる指標を特定し、一定期間のうちに鍵となる指標をクリアできた場合には、譲受先企業は譲渡企業に対して、それに見合った対価を支払うことになるという条項です。

 

鍵となる指標の具体例としては、売上高やEBITDAなどの財務指標であったり、バイオベンチャーなどの場合は、医薬品の認可取得など一定のプロジェクフェーズの終了を条件にする場合があります。

 

アーンアウト条項では、「当社はA社の発行済株式の全てを取得し、その対価として10億円、およびA社が2年後の売上高が20億円を超えた場合には最大で5億円、合計で最大15億円を支払う」という状況になります。この条項を見ていただく通り、アーンアウト条項で条件付きにできるのは、買収額のうち一定額とされていますので、50%以上をアーンアウト条項で支払うのは難しいと考えられます。

 

アーンアウト条項のメリットとしては、譲受企業側のリスク低減だけでなく、譲渡企業が想定よりも低く譲渡してしまったために買収後のモチベーションダウンを引き起こすリスクも低減できます。アーンアウト条項の鍵となる指標を達成するために、既存の経営陣も積極的に経営に参画してもらえるようになるのです。

 

以上のように、ベンチャー企業を買収する大企業が増加する中で、そのリスクをいかに低減するのかが課題になると考えられます。その際の解決策として「アーンアウト条項」を紹介しました。

【2017年度】M&A仲介会社の調剤薬局M&A状況

大手M&A会社の調剤薬局M&Aは38件

業界再編のM&Aが最も盛んに起きている業界は調剤薬局であることは、既にご説明致しました。

具体的にはどの程度のM&Aが行われているのでしょうか。大手M&A仲介会社の成約情報を分析すると、2017年は38件の調剤薬局M&Aが行われたことが明らかになっています。この案件数に中小のM&A会社の数字を含めると50件前後になると推測されます。

一番成約件数が多いのは、M&Aキャピタルパートナーズだと考えられます。調剤薬局の案件としては公表をしていませんが、20件近くを成約していると考えられます。その次に多いのが日本M&Aセンターの11件。そしてストライクの7件となっています。この数字に加えて、新興のM&AアドバイザリーのFUNDBOOK、調剤薬局M&A専門のMACアドバイザリーなどの案件を加えると50件近くになると推察されます。

 

中堅調剤薬局M&Aが増加

調剤薬局業界ではこれまで、比較的小規模企業の事業承継としてM&Aが選択されていたこともあり、2000年代後半までは比較的規模の小さなM&Aが行われていました。

ところが、2010年に東邦HDによるメディカルブレーン(福岡県)の買収やクオールによるテイオーファーマシーグループ(中国・四国地方)の買収など、年商10億円以上の会社のM&Aが置きました。これらの買収を皮切りとして、2012年のマツモトキヨシによる士野薬局(石川県)の買収(13店舗)、2013年のメディカルシステムネットワークによるトータル・メディカルサービス(福岡県)の買収(35店舗)などが行われています。公表ベースでは、2016年におコン割れたJ-STARによるアイセイ薬局の買収(316店舗)が最も大きく、その次に、2016年11月のアインホールディングスによる葵調剤薬局の買収(115店舗)、2017年7月の阪神調剤ホールディングスによるメディカルかるがもの買収(60店舗)と続いています。

 

小規模の調剤薬局は中堅調剤薬局がターゲットに

中堅の調剤薬局M&Aが増えているのは事実ですが、中堅のM&Aの買い手は大手企業がメインとなっています。一方で売上10億円〜20億円規模の中堅の調剤薬局から1店舗の調剤薬局を買いたいというオファーも増えています。1店舗の調剤薬局M&Aが可能なのは、年間の処方箋枚数が8,000枚以上の調剤薬局です。年間8,000枚であれば1名の薬剤師で運営が可能なため、赤字になっている可能性も少ないと考えられます。

一方大手の調剤薬局では、1万枚以上の調剤薬局を買いたいというニーズが強いため、中堅の調剤薬局M&Aをしたい企業にとっては、8000枚〜10000枚の調剤薬局であればM&Aのチャンスがあると言えるでしょう。

【2018年版】印刷業界の動向とM&A

印刷業界は市場縮小により合従連衡の時代へ

印刷業界はバブル期には13兆円産業であり、「お金を刷っている」と言われたほど収益性の高い業界でした。印刷機器メーカーが大きく成長し始めたのは、戦後に政府がお金を貸付始めた頃からと言われています。当時は社員1名、機械1台といわれたほど、印刷会社がどこにでもあった時代でした。

その印刷業界もインターネット化・ペーパーレス化の流れと漫画・本離れによって紙媒体が減少し、市場縮小が進んでいます。13兆円あった市場は5兆円まで減少しています。

下記に記載した電通社の「日本の広告費」を見ても、紙媒体の市場が大きく減少していることがお分かりになるかと思います(データはspeedaにて作成)。

 

印刷会社は2.7万社という多くの企業が存在している

経済産業省「平成25 年工業統計表 産業編」によると、2013 年の印刷・同関連業の事業所数は2 万7026(前年比4.3%減)と、製造業全体の6.6%を占めています。製造業24 業種においては、金属製品製造業(5 万5556)、食料品製造業(4 万3320)、繊維工業(4 万128)、生産用機械器具製造業(3 万7389)に次いで、製造業24 業種中上位5 番目の多さになっています。印刷・同関連業の約2万7000 事業所は、書店数(1万3943、2014 年)の約2 倍、保育園・保育所(2 万4425、2014年)より若干多く、ガソリンスタンド(3万3510 店、2014 年度)より約20%少ないという規模感です。

市場が急速に縮小している中で印刷会社数も減っているとは言え、市場規模に対しては企業数が多すぎるきらいがあります。

更に印刷通販という新しいビジネスモデルの企業体が、市場の縮小に拍車をかけています。印刷通販とは、自分たちでデータを作成・用意する代わりに、インターネット上から簡単に、どこでも、いつでも注文できる印刷サービスになります。印刷のeコマースという方がわかりやすいかもしれません。近年では「ネット印刷」という言い方もしています。

印刷通販で著名な企業は、京都のプリントパックとグラフィック、東京のラクスル、鹿児島のプリントネットの4社が大手企業と言われています。プリントパックの売上は300億円を超えており、現木村会長がスタートし1代で大企業にまで成長を遂げています。グラフィックも150億円を超える規模にまで成長をしています。

 

印刷会社のM&Aは受注先と機械に注意

具体的にM&Aをしていく上で、買い手はどのような点を重視しているのでしょうか。

一般的なM&Aとは同様に、売上や収益性が良いというのはもちろんですが、印刷会社のM&Aであれば、直近は赤字でもキャッシュリッチで利益剰余金が積み上がっている企業があります。このような企業であれば、時価純資産方式で計算をすれば、十分な企業価値が着く可能性はあります。従って、直近赤字だから譲渡はできないという考えは捨てていただいて問題ありません。

印刷会社独自の実務のポイントは、機械と受注先です。

機械については、どの印刷機を持っているかで印刷可能な種類や印刷媒体の量(通し/台数)が変わってくるため、買い手にとっては重要です。特に印刷業界のストロングバイヤーは菊全版8色機(平台)をニーズとしていることが多く、輪転のみという会社には値段がつきにくいことが多くなっています。

更には昨今の短納期・多品種のニーズの増加によってLEDに対応していることもプラス要因になります。機械については、ハイデルベルク>小森>リョービであることはご承知おきの通りです。

また印刷機以外にも、断裁機や製本機、その他の周辺機器も重要です。特に製本機がきちんと備わっている企業は、近年の製本会社の相次ぐ倒産・廃業により、高くM&Aできる可能性が高いといえます。特殊な加工設備を持っていることもプラスの要因になります。

次に重要なのは取引先です。仕事は大手の下請け業務がほとんどなのか。それとも自社の営業網で仕事を取っているのかは重要だと思います。大手の印刷会社には1社当たりの割当額/割合が決まっていることもあり、同じ取引先の企業では、M&Aをするシナジーが少ないこともあります。

 

mori-keiei.com

【2017年度】ロイター通信M&Aリーグテーブル

ハイテク業界のM&Aが3.5兆円と最多

ロイター通信社の2017年度M&Aリーグテーブルが公表されました。他の記事でもご紹介している通り、2017年は大型のM&Aが減少した影響で、日本関連の公表M&Aは14.1兆円と前年比27.4%減少し、2015年から2年連続で減少しています。1000億円以上のM&Aも7.2兆円となり、こちらも前年比43.1%減少しました。一方でM&A件数については、3,472件と過去最高を記録しました。

業界別ではIT・ハイテクセクターが3.5兆円に達し、24.9%を占めました。続く工業と金融が1.8兆円で12.5%を占めています。また、買い手がファンドの案件は3.1兆円(440件)と全体の20%以上を占めています。東芝メモリに対するパンゲアM&Aがあったことが大きな要因であると考えられます。

 

金額上位10社のうち、2社がソフトバンク

2017年のM&A金額1位は東芝メモリに対するパンゲアM&A(2兆円)となっています。売り手側のアドバイザー野村證券ゴールドマン・サックスで、買い手側のアドバイザーは三菱UFJモルガンスタンレークレディ・スイス、センター・ビュー・パートナーズでした。2位はアリアド・ファーマシューティカルズに対する武田薬品子会社のキク・マージャ−のM&Aが6148億円でした。売り手側のアドバイザーはJPモルガンゴールドマン・サックス、ラザードの3社であり、買い手側はエバーコアパートナーズとなっています。

更に見ていくと、上位にソフトバンクが2回登場しています。5位のフォートレス・インベストメント・グループと6位のウィウォークに対する第三者割当増資です。フォートレス・インベストメント・グループは、アメリカの不動産・PEファンドです。ソフトバンクは投資×ITを進展させるために、フォートレスを買収したと言われています。

M&Aの案件数別ではみずほフィナンシャルグループが1位

ロイターに公表しているベースでは、案件数1位はみずほフィナンシャルグループで196件となりました。2位の三井住友フィナンシャルグループは191件となっており、この2社が大きくリードしています。3位の野村證券が92件、4位の大和証券グループが58件と大きく離れているためです。

2017年のランキングで注目をしたいのが、かえでフィナンシャルグループです。かえでフィナンシャルグループは、会計事務所のかえでグループのM&A部門であり、2016年の21件から2017年は54件と大きく躍進を遂げています。54件という件数はデロイトグループを上回る件数であり、かえでフィナンシャルグループが今後のM&Aの世界で注目をされることが予想されます。

ところで、このランキングには日本M&Aセンターが登場してこないことに疑問を持たれるかもしれません。日本M&Aセンターはロイターのリーグテーブルに登録をしていないようですが、登録をしていたとすると、2017年の案件は200件を超えており、1位となっていることになります。 

M&Aの金額別では野村證券が1位

一方で金額別に見てみると、1位は野村證券、2位が三菱UFJモルガンスタンレー、3位がゴールドマン・サックスとなっています。所謂投資銀行です。彼は案件数は少ないものの、大規模案件のM&Aを行っているため金額別でTOPクラスにランクインしています。一方で先程のかえでフィナンシャルグループのようにM&Aの仲介サービスがメインの会社は案件規模が小さく、ランキングには入ってきていません。

 

【2017年度】ロイター通信M&Aリーグテーブル

【2017年版】神奈川県内企業の事業承継の課題

神奈川県内企業の70.5%が経営課題と認識

帝国データバンクが2017年11月28日に公表した「事業承継に関する神奈川県内企業の意識調査 」によると、神奈川県内企業の70.5%が事業承継を経営課題として認識していることが明らかになりました。

詳しくデータを見ていくと、事業承継が「経営上の課題の1つと認識している」という回答が57.3%、「経営上の最重要課題と認識している」という回答が13.2%となっており、両者を合わせると、70.5%が経営課題と認識していることが分かりました。一方で、「経営上の課題と認識していない」という回答は18.1%に留まりました。

では事業承継について、事業承継計画を立てているかどうかについては、「経営計画がない」という回答が28.1%と最も高く、「計画はあるがまだ進めていない」が25.3%、「計画があり、進めている」が20.4%となりました。既に事業承継を終えているという回答は、わずか15.1%に留まっています。

 

事業承継計画が進められない理由は「後継者不在」

次に、事業承継が進められていない理由については、「後継者が決まっていない」という回答が43.9%が最も高く、次に「まだ事業を譲るつもりがない」が36.1%、「事業の将来性に不安がある」が25.7%、「自社株買いなどの個人資産の扱い」が17.0%となりました。このデータを見ていくと、約半数の企業で後継者不在によって事業承継計画が進められていないことが分かりました。

最近では後継者不在は社内で簡単に見つかるものではないという認識が広がり、外から人を入れるもしくは、外部にM&Aで第三者譲渡することが増えています。中小企業庁の調査では、親族内の承継はわずか30%にまで減少しているとのことです。

 

事業承継をしただけではすぐに業績は上がらない

では、事業承継をし、若返りをしたことで業績にはどのような影響があるのでしょうか。この点については、「翌年の業績にプラスの影響があった」と回答した企業が33.3%であり、「影響はなかった」が51.9%と多数を占めました。この点については、稲盛和夫氏がよく語っていますが、2代目に事業を引き継いだからといって中身は変わっていませんし、短期的に業績を上げられるものではありません。逆に先代の懐刀と上手くやっていくだけで精一杯になります。

稲盛和夫氏は後継者は、会社の方向性をどのようにしたいのかを(先代の方針を大きく変えない範囲で)、とにかくよく語ることを説いています。その中では、後継者が社員とともに会社のミッションやバリューの再設定も行い、会社が上手く軌道に乗るように説明されています。

人を生かす 稲盛和夫の経営塾 」

https://www.amazon.co.jp/dp/B00E0AD1PC?ref_=k4w_oembed_HKqP5onHKfhhqQ&tag=kpembed-20&linkCode=kpd

事業承継を円滑に行うには、現代表(社長)と後継候補者との意識の共有が重要

最後に事業承継を円滑に行うにはという質問については、「現代表(社長)と後継候補者との意識の共有」が重要と回答したのが、58.5% と最も高く、「早期・計画的な事業承継の準備」が46.9%、「経営状 況・課題を正しく認識」が46.2%、「早めに後継者を決定」が44.5%となっています。上記稲盛和夫の本でも書いてある通り、他社にM&Aをするのではなく事業承継という難しい選択肢を選ぶのであれば、普通よりも難しいチャレンジと周到な用意が必要です。

村上世彰「生涯投資家」に読むファンドへ譲渡する意義

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村上世彰氏曰く「コーポレートガバナンスのために戦った」

今から3〜4年前まではM&Aと言うと、「村上ファンドのことか」「ハゲタカファンドだ」と言ったネガティブな印象が多く聞かれました。現在では好景気であることと、そして日本の投資ファンドの成果が世の中に広まってきたこともあり、以前よりも投資ファンドに対する抵抗感が減ってきました。

例えば上場企業のコメダ珈琲は、事業承継の一貫としてフェニックス・キャピタルに株式譲渡を行い、その後フェニックス・・キャピタルがファンドの償還期限を迎えたためにMBKパートナーズに譲渡。MBKパートナーズコメダ珈琲を上場にまで導きました。他にもスシローホールディングスやマクロミルなど、ファンドが買収した後に再度上場させる事例が上手く上場まで辿り着いています。

ファンドに関連する情報といえば、昨年発売された村上世彰氏の「生涯投資家」が大きなインパクトを与えました。本書では「上場企業は上場しているのだからガバナンスを強化し、資金を有効に活用し、株主価値を向上させていくべきだ」という点が何度も繰り返されています。確かに上場企業は上場しているのですから、誰かに株を買われるリスクを背負う一方で、資金調達が容易になったり、優秀な人材を採用しやすくなったりといったメリットがあります。

そのため現金を多額に持っており、借金をしておらず、成長もあまり見込めない上場企業は、村上ファンドからすると最適な投資先だったといえるのです。それを彼は「コーポレートガバナンスのために戦った」と表現しています。

 

投資ファンドに譲渡すれば「色」が着かない

では未上場が投資ファンドに売却する意義とはどのようなメリットがあるのでしょうか。

1点目はコメダ珈琲が譲渡した理由にも上がりましたが、多店舗展開をしていく上でのノウハウ提供や優秀な経営人材の提供、マーケティングの強化など、目に見えない資産の提供です。これは、事業会社に売却した際にも得られることもありますが、投資ファンドは事業会社以上に価値を向上させることに重きをおいております。そのため、短期的だけでなく中長期的に会社の足腰を鍛えることができます。

2点目はコストカットや人事評価の見直しなど、会社内部のムリやムダを排除できる点にあります。ある有名な投資ファンドが述べているように、多くの企業ではムダなコスト、ムリな仕事を行っていることがほとんどです。そのため、投資ファンドのように第三者の目線から会社のムリ・ムダを省くことで、利益体質に持っていくことが可能です。M&Aが非常に得意な日本電産もこの点を重視してM&Aを行っていると言われています。

最後に意外にスポットライトが当たらない点なのですが、投資ファンドに売却することで「色」が着かないというメリットがあります。事業会社に売却をすると、「○○のグループになった」といった評判が出回り、取引先が嫌ったりする事例があります。ところが投資ファンドはどこのグループにも属していませんので独立を保つことができます。

児童発達・障害者就労支援のM&A事例解説

成人障害者の就労支援を行う「A型事務所」は増加傾向

東京および神奈川エリアにて、障害者就労支援事業を展開しているW社の事例を紹介しましょう。

W社は「A型事業所」と言われる、成人障害者を労働者かつ施設利用者として就労支援を行っている事業を展開している企業です。このA型事業所の就労者は5.5万人と言われていますが、潜在的には10倍以上の市場規模があると言われており、A型事業所は増加傾向にあります。

業界自体は2012年に民間に解放されたばかりで、伸び盛りの業界と言えます。この市場の類似市場として、障害者児童に教育サービスを提供する「児童発達支援」と呼ばれる市場があり、こちらではLITALICO社が東証一部上場を果たしています。

W社はその中でも2012年に民間企業に法改正から市場に参入している、業界でも老舗の企業です。自社での店舗展開に加え、フランチャイズ形式でも店舗を拡大しており、グループ全体では20店舗以上、売上5億円を超える規模を誇っています。

W社のZ社長は30代の若手経営者で、高校を卒業してから会社の経営を始め、腕っぷし1本でビジネスをしてきた叩き上げの経営者です。筆者に相談をされてきたときには、他にもIT系の企業や不動産系のビジネスを運営されていました。

Z社長がこのW社の譲渡を相談しに来られた理由は、大きく2つでした。1つ目は、自社では人材採用や店舗運営のノウハウが足りず、これから全国のお客様にサービスを展開していくには、課題が多すぎることでした。利用者のために仕事を確保する営業活動もZ社長がメインで行っており、なかなかスピーディーには売上が拡大できずに2年ほど苦労されていました。

2つ目は資金面の課題です。Z社長は別に2つの事業を展開されており、そちらでも個人保証をしているため、W社を今後全国展開していくために資金を借入ていこうとしても、借入余力に限界を抱えていました。このビジネスモデルでは、ベンチャーキャピタルも投資してくれる会社がなく、当社にM&Aのご相談に来られたのです。

 

事業のビジョンと思いを「共感」できるか?

そこで私がM&Aの譲受先に選択をしたのが、介護関連の会社と教育系の会社です。W社では障害者の高齢者向けの介護事業も新たにスタートしており、介護系の会社に興味を持ってもらえると考えました。

また、少子高齢化によって教育系の企業も、子供向けの教育だけでは売上がジリ貧になっていくことが目に見えているため、積極的に新規事業を探しています。その新規事業として障害者支援関連の事業は、店舗運営のノウハウと若手人材の供給ができる点でW社の課題を解決できると考えたのです。

結果的に、大手教育系のK社と介護系のM社とトップ面談を実施しました。譲渡価格は介護系企業の方が高かったのですが、今後の事業成長とビジョンの実現を踏まえた結果、より障害者支援事業へのビジョンと思いを共感してもらえた大手の教育系K社へのM&Aを決意しました。

譲渡価格については、「時価純資産方式」「EBITDAマルチプル方式」「簡易DCF方式」の3手法で評価し、最終的に今後の成長性を踏まえて、EBITDAマルチプル方式と簡易DCF方式の中間点で譲渡価格を設定しました。

その後、K社の弁護士・会計士と共にデューデリジェンス(買収監査)を2日間実施し、譲渡を数億円で実行しました。

 

次世代の成長と課題の解決のために有効なM&A

W社はM&A後も社名を継続しており、顧客や従業員も変更されずにいます。またZ社長は、個人保証が外れただけでなく「キーマン条項」によって2年間は社長として陣頭指揮を採ることになって意気込んでいました。

さらには、K社の若手の経営企画のメンバーが出向し、会社の財務面や組織の仕組み化に着手し、これまで課題だった採用や店舗運営のノウハウ化も進んでいます。