急拡大するIT業界の業界動向とM&A
ITサービスの重要性の急速な増加によってM&Aも増加
矢野経済研究所の調査によると、2017年のIT業界の市場規模は12兆円であり、2013年からの5年間で1.3倍にまで成長をしています。更にWINDOWSが登場した約20年前と比較すると、3.2倍にまで成長しています。
この業界をリードしている業界はシステム開発をリードしているのは受託システム開発企業でしたが、近年はWEBメディア、EC、Sier、スマートフォンゲーム、ネイティブアプリ企業、AI、VR/AR、IoTと企業の業態のバラエティも多様化しています。そのような中で、大手企業が自社の弱みを補完するため、およびエンジニアやWEBデザイナー人材などのWEB系人材の確保のためにM&Aが増加しています。
ITのバブルと言われていた2001年~2003年までのM&A件数は150~200件のM&Aでしたが、2006年には415件にまで増加しています。2008年のリーマンショックによって、ベンチャーキャピタルの投資などが減少してIT企業のM&Aも停滞をしていましたが、アベノミクス以降、2013年に400件を記録すると、2014年に500件を超え、2016年は622件にまで増加しました。
2017年はその2016年を10%上回るペースでM&Aが起きており、2017年上半期のM&A件数が367件で推移していました。
有効求人倍率が7倍超えで、人材不足は深刻化
IT業界の最大は課題は、人材不足であることは言うことはありません。転職サイトのDODAの調査によると、全体の求人倍率が2017年12月期に2.87倍という中、IT業種の有効求人倍率7.14倍にまで高騰しています。人手不足と言われる外食産業が1.17倍ですから、そのインパクトの大きさがお分かりいただけるかと思います。
職種別の有効求人倍率で見てみると、ITの技術系は9.2倍となっており、過去最高の数値を記録しています。少し前までは人気職だった機械系のエンジニアが5.4倍のため、ITエンジニアの確保の難しさが現れています。WEBデザイナー・クリエイターも2.5倍、コンサルティング職も7.6倍まで増加しています。
M&Aの対象業種も多様化
前述したとおり、IT業界の業種が多様化してきたことで、M&Aのターゲットも多様化しています。下記では、弊社にお問い合わせをいただいている、上場企業10社のニーズからターゲット企業を記載致します。ただし、ここに掲載されていないサービスもどんどん出てきていますから、例外もあります。
WEBの受託開発会社のM&Aのニーズとしては、エンジニア確保が一番重要です。したがって、中小の受託開発の企業が欲しいというニーズはよく聞かれます。また大手の事業会社でエンジニアの数が少ない企業も、受託開発会社をM&Aすることで、自社のエンジニア技術を取り込むことが可能となります。
次に、WEB系の広告代理店やWEBの広告運用会社になると、WEBメディアのM&AやスマートフォンアプリのM&Aしたいという要望が弊社にたくさんやってきています。彼らのニーズとしては、PV/UUが多い媒体やDAU(Dailt active user)の多い媒体をM&Aすることで、そこに広告を出すことができ、マネタイズしていくことができます。M&Aの際は、PV×0.5が収益の基本ラインとして考えておくとよいでしょう。
他にもEC系の企業では類似のサービスを扱っているEC企業であったり、スマートフォンの開発が得意な開発会社、決済サービスを提供している企業、ECの運用会社がターゲットになっています。
M&A業界の課題はITの分かるアドバイザー不足
一方でIT業界は比較的新しい業界であるため、M&AアドバイザーのほとんどはIT業界のM&Aに詳しくありません。ビジネスモデルも新しいものがほとんどであり、用語も非常に専門的なこともあり、投資ファンド等の金融のプロフェッショナルもなかなか手が出せていない領域です(グロースさせることが難しいため)。
客観的に言えば、ITのM&Aをきちんと対応できるM&A会社は弊社以外であれば日本M&Aセンター、ストライク、パラダイムシフトの3社ぐらいではないかと言えます。それほどIT業界のM&Aは非常に特殊な領域であると言えます。その他のアドバイザー会社では受託開発のM&Aは対応できても、その他の新しい業態では対応できないことがほとんとでしょう。
アメリカのようにIT業界のM&Aが盛んになってくるためには、ベンチャー企業の成長だけでなく、M&AのアドバイザーのITリテラシーの向上も大きな課題となっていくと考えられます。
【2018年版】物流・運送業界の業界動向とM&A
巨大な物流業界は大企業がシェア50%を占める市場
物流業界は全体で20兆円の市場規模があり、日本を代表する大市場である。GDP総額で5%弱にものぼり、近年のEC市場の発達と温度管理・商品流通の技術改善と共に、更なる市場拡大が見込まれています。
物流の中でも、3つの業界が大きな地位を占めています。それが、海運・フォワーディング業界、トラック運送業界、倉庫業界の3つの業界です。
海運・フォーワーディング業界は市場規模が6.8兆円と大規模なものになっていますが、大手の寡占化が強いのが特徴です。1兆円を超える規模の企業が日本郵船、商船三井、川崎汽船と3社あり、1000億円を超える規模の企業がNSユナイテッド海運、JFE物流、近鉄エクスプレス、郵船ロジスティクス、日本通運の5社存在しています。
トラック運送業界は、一般貨物、特定貨物、軽貨物、宅急便、納品代行、引っ越し事業の6つの合計であすが、9兆円規模です。ヤマト運輸の売上が唯一1兆円を超えている規模ですが、1000億円を超える企業が11社は佐川急便、日本通運、日立物流、セイノーHDなどです。
倉庫業界は、2.6兆円規模で100億円規模の企業が14社あるだけで、まだ大きく寡占化された状況ではありません。今後、倉庫業界では海運・フォワーディング業界やトラック運送業界のようにM&Aによる集約化が進むと考えられます。
物流業界の課題はワンストップと人材確保
物流業界の近年の大テーマは、市場拡大と共に複雑化するニーズに対応するためのワンストップサービスの提供と、人材確保です。
ワンストップサービスの提供については、矢野経済研究所の「物流市場の現状と将来展望2017年版」を見ることで、その重要性が分かります。物流の業界の17業種のうち、最も市場が成長しているのが、トラック運送事業と倉庫事業の2つです。トラック運送事業は5年間で25%、倉庫事業は20%近く成長を遂げています。また、宅急便市場についても、5年間で6%強成長をしています。更には、システム物流など複雑な運送サービスが求められるようになっており、M&Aも多発しています。
人材確保の課題についてはニュースにもなっている通り、トラック運送業界、特に宅配便業界で課題となっています。現在では、各世帯が5日に1回は宅配便を受け取るようになっています。国土交通省のデータによると、平成24年度から平成28年度までの間に5億個の宅配便が増えています。10年前と比較すると、ほぼ倍増という成長度合いです。一方でトラック運送会社数は、再編著しい調剤薬局業界を超える、6万3000店舗あり、その99.9%が300人以下の中小企業であるため、まさに今後は再編が予想されます。
大手企業がノンコアの物流部門を切り離しへ
このような業界の中で物流部門はこれまで以上に付加価値とスピードが求められるようになっており、従来より自社で物流部門を抱えていたアパレルやメーカーがノンコア事業である物流部門の切り離し(カーブアウト)を増加させています。
大手企業では2014年にJSRが日本トラスティに子会社の物流部門をカーブアウトし、2015年にはソニーが子会社を三井倉庫ホールディングスに売却。アシックスも同様に丸紅に売却をしています。2016年にアパレルのオンワードホールディングスもセンコーに子会社を売却しています。2017年には協和発酵キリン、JX金属、千趣会が同じく物流部門の切り離しを行っています。
中小のトラック運送企業も高ニーズ
先程述べたように、中小のトラック運送企業は小規模企業がほとんどです。中小企業から独立し、従業員5名という運送会社も多くなっています。このような企業では、大手の孫会社や曾孫会社からの下請け構造で仕事をしていることがほとんどです。しかしながら、運送量の増加と人手不足から仕事が回らない中堅企業が増加しています。最近では、ママさん世代に個配を以来したりするシェアリングサービスが人気を博しており、大手企業が投資をしています。
M&Aをしている中堅規模の運送会社に彼らのニーズを聞いてみると、これまで仕事を外部に委託していた企業をM&Aすることで、安定的に自社の運送を行いたいというのが最も強いニーズになっています。特に配達ニーズの強い都内においては、債務超過の企業でも十分にM&Aで売却が可能な環境になっています。
今後も市場が拡大の中で人手不足の課題は大きくなっていくと考えられており、中小の運送企業のM&Aも加速していくことが予測されています。
病院・クリニックM&A実務:買い手のチェックポイントとは
病院・クリニックのM&Aで必ず質問される事項は7点
前回こちらの記事で病院・クリニック業界のM&Aについて、解説をいたしました。
今回は病院・クリニックを中心に、譲渡先企業がどのようなポイントを気にしているかについて、解説をしたいと思います。
これまでの弊社の経験では、譲渡先が必須で質問してくる事項は下記の7つの内容です。
①立地
②診療内容
③患者数/カルテ数
④導入機械類
⑤医師・看護師・スタッフ数
⑥医師・看護師・スタッフの引き継ぎの有無
⑦看板・クリニック名の変更
個々のポイントについては、日々の業務で関係してくるばかりなので、把握されている理事長・開業医の方が多いかと思います。下記で、具体的に解説をしていきます。
昨今の病院・クリニックM&Aで特に気にされるポイントとは
上記の中で買い手が最も気にするポイントとはどこでしょうか。先に答えを上げると、立地と医者・看護師・スタッフ、設備の引き継ぎの3ポイントです。
①立地について:
立地については、どこの県・エリアにあるのかというだけでなく、駅からの距離やビルの何階に入っているのか、周りの環境についての質問が多くなされています。特に女性が多い診療科目については、周りに競争相手が多かったり、調剤薬局の有無によって値段が変わってくることがあります。
②診療科目について:
診療科目については昨今のトレンドとしては、内科・外科・整形外科に人気があり、美容外科や歯科医院には譲渡希望が多いため、やや人気になっています。特に病院・クリニックの譲受に積極的になっている投資ファンドなどは、内科や外科に強いニーズがあります。
③患者数/カルテ数:
患者数、カルテ数については、数の大小だけでなく、どのような年齢・性別の患者が多いのかが質問事項として上がって来ることが多くなっています。若い患者が多い方が、競争は激しくなりますが、今後の収益が見込める一方で、高齢の患者が多いエリアでは、競争がゆるい一方で、今後の収益については、厳しくなる可能性があります。
④導入機械類:
引き継ぎをするにあたって、譲渡先の診療サービスで行えるのか、それとも新たに機械類を整備しなければならないのかは病院・クリニックのM&Aでも重要なポイントです。導入機械だけでなく、診察台やソファ等の設備状況についても開示が必要となります。
⑤医師・看護師・スタッフ数:
医師・看護師・スタッフ数が患者数に対して多いか、少ないかは労務面でも重要なポイントとなるため、質問事項に上がってきます。また契約形態が常勤かパートか、医師の場合は業務委託か、出勤日数なども細かく提示する必要があります。
⑥医師・看護師・スタッフの引き継ぎの有無:
これは言うまでもなく、重要なポイントです。昨今では人手不足の影響から、新規で採用することが難しいため、人材が引き継げるかどうかは大きく譲渡価格を左右することになります。
⑦看板・クリニック名の変更:
あまり考えたことのある方は少ないですが、M&Aをされた後に看板・クリニック名の変更有無がヒアリングされます。M&Aされたことを患者に知らせたくない場合は、クリニックをそのまま利用可能か、変更を必要としているかは、質問項目として挙げられます。
病院・クリニックM&Aは専門家に相談がベスト
以上の通り、病院・クリニックのM&Aには独自のヒアリングポイント、譲渡価格の計算方法が存在しています。多くのM&A仲介会社の担当者は一般企業のM&Aについては詳しくても、病院やクリニックのM&Aについては不慣れなことも多くありません。
カルテの引き継ぎ等の課題も考えると、病院・クリニックのM&Aについては、件数の実績のある専門家に相談をすることがベストです。
病院・クリニック・歯科医院業界の業界構造とM&A
病院・クリニック・歯科医院は廃業が大増加
日本における医療費は40兆円を超える勢いがあり、GDPで10%近く。調剤薬局業界と同様に、薬価差益の引き下げ、診療報酬のマイナス改定などで医療費圧縮を政府が推し進めています。
その中で病院・クリニック・歯科医院業界は、大廃業時代に突入をしています。
診療報酬の引き下げは、平成14年度に-2.7%の引き下げがあって以降、平成16年は-1%、平成18年には-3.16%を年々大きくなってきています。自公政権時代に平成14年から4年連続続いたマイナス改定で「医療崩壊」と言われたのがこの時期です。民主党政権になり平成22年に10年ぶりのプラス改定がありましたが、それ以降は0.1%のプラス改定で横ばいとなっています。診療報酬の引き下げの割合をみると、あまり変化をしていないように思えますが、1億円近く借入をして新規開設をしたクリニックでは、大きなインパクトがあります。
また全体の報酬引き下げだけでなく、在宅医療の診療報酬の改定も大きな痛手となっています。具体的には、月2回の定期訪問を前提に受け取ることができる、「在宅時医学総合管理料」について、同一建物内の複数患者から得られる報酬点数が4分の1以下にまで改定されました。また、同様に基本報酬のうちの「訪問診療費」についても、同様の建物の場合は従来の400点から203点までほぼ半減となっています。
更には、慢性的な医師・看護師不足が病院業界の痛手となっています。社団法人日本医師会の調査に寄ると、看護職員の採用は、やや困難と答えたのが30.9%、かなり困難と答えたのが30.1%となっており、医師の採用は、やや困難が19.5%、かなり困難が32.5%となっています。
昨今は看護師採用のCMを大きく見るようになりましたが、なぜこのような看護師不足が起こるかというと、平成18年度診療報酬改定によって新設された「7対1看護配置」の問題があるためです。7対1病床は、患者7人に1名の看護職員が常勤で配置される体制で質の高い医療・手厚い介護が提供できるため、他の10対1病床や13対1病床よりも診療報酬が高く設定されているためです。
このような大幅な診療費削減によって、病院・クリニック・歯科医院は廃業が非常に多くなっています。帝国データバンクの「医療機関の休廃業・解散動向調査」によると、2007年〜2014年までの病院の廃業件数は、約20軒程度となっており大きく減少していないように見えますが、クリニックでは、2010年以降、200軒近くが廃業を強いられています。歯科医院についても、2007年〜2014年まで、平均で30軒近くが休廃業・解散を強いられていると言われています。
病院・クリニック・歯科医院のM&Aのメリット
では、具体的に病院・クリニック・歯科医院が廃業を選ばずM&Aを選択する場合、どのようなメリットがあるのでしょうか。病院・クリニック・歯科医院が法人か個人かによっても異なりますので、具体的にみていきましょう。
[法人・個人共通のメリット]
・廃院コスト(約1000万円)の負担がかからない
・クリニックの譲渡益(営業権を含め)を得られる
・後継者問題を解決できる
・借入金などに対する個人保証や担保設定を外すことができる
・労務問題や資金繰りの悩みからの開放
・地域医療への貢献の継続
[法人単独のメリット]
・医療法人に不動産を賃貸している場合、引き続き賃貸収入を得られる
・退職金、出資持分分譲などのコントロールがしやすく、創業者利益を得られる
具体的なM&A方法
[個人クリニックの場合]
・旧経営者が所有している不動産(クリニックの土地建物)や設備、医療機器などを新経営者に譲渡する。譲渡した対価から得られた譲渡益に対して、20%分離課税がかかります(5年以上保有した不動産の場合)。
・資産以外の負債などは引き継ぐことができないのが課題となっています。
・カルテやスタッフとの雇用関係は原則として引き継げないこととなっていますが、相談次第で可能となっています。
・具体的な譲渡価格は、時価総額(固定資産の時価)+のれん代となります。
[旧法の医療法人の場合]
・旧経営者から新経営者へ出資金+積み上げた利益=純資産の譲渡を持って、評価をすることになり、(純資産の評価+のれん代)から当初の出資額を差し引き、その譲渡益に対して20%の税金がかかることとなります。
・基本的には、出資金の譲渡前に経営者に退職金を払うことが多くなり、経営者には、出資金の譲渡額+退職金が入ってくるスキームがほとんどです。
・カルテや雇用関係も原則としては継続となります。
[新法の医療法人の場合]
・旧法と異なり、財産権がないため、解散時に蓄積利益を受け取ることができないというデメリットがあります(退職金での支払いは可能)
子どもたちが継がない今、ハッピーリタイアの準備を
「開業医を辞めた後の生活がイメージできないから」という理由でリタイアができない開業医の方が多くらっしゃいますが、厳しくなる業界環境の中、病院・クリニックを早く高値で譲渡し、第二の「本当に自分がやりたいこと」を探すことも重要になってきます。
ある東海地方の病院の院長のI氏は、5年間を掛けて不必要なゴルフ会員権等の資産売却や病院の体制整備などをされ、3.5億円以上の値段で譲渡をされました。買い手先から週2〜3日程度J医師という若手の医師の方が非常勤医師として勤務をしてくれており、徐々に意向をしています。
子どもたちも社会人となり、今後は海外旅行を夫婦でしながら、悠々自適な生活をするのが目標です。
M&Aが活況な調剤薬局の業界構造と課題とは
調剤薬局業界は小規模企業が95%
現在、業界再編真っ只中と言われている業界が、調剤薬局業界です。調剤薬局業界は、2015年に市場規模が7.3兆円と印刷業界と同程度の非常に大きな市場ながら、薬局の店舗数は5.8万店、開設者数は2.5万社にも上っています。つまり、1企業辺りの平均店舗数は2件程度とパパママストアを出ていない企業が大半だと考えられます。
実際に、矢野経済研究所の「ヤノファーマシーデータレポート2017」によると、店舗数が1店舗のみの企業は17,882社あり、全体の71.5%を占めています。次に2〜5店舗までの企業が5,887店舗あり、全体の23.6%。つまり5店舗以下の企業が全体の95.1%という非常に小規模企業が多い業界なのです。ちなみに、大手企業の順位はアインホールディングスの店舗数が1,066店舗、クラフトの店舗数が697店舗。総合メディカルの店舗数が686店舗、日本調剤が570店舗となっています。
大手調剤グループのトップ10社のシェアは全体のわずか9%程度にとどまっており、市場規模が7兆円規模で大手の凸版と大日本印刷がシェアの50%を占める印刷業界とは業界構造が大きく異ることが明らかです。
調剤薬局業界の課題は「薬価改定」と「薬剤師不足」
このような小規模企業が多く、業界再編が進む調剤薬局業界の現在の課題は2点あります。
1点目は、「薬価報酬改定による収益の圧迫」です。薬価改定とは、国の方針として医療費を押し上げる要因となっている薬価の基準価格を値下げすることで、財源捻出と共に、医療費削減に取り組むための施策です。これまでは2〜3年に1回の改定のペースで値下げが行われて来ましたが、平成33年以降、毎年改定となる見込みです。政府が2017年11月に公表した資料では、平成33年以降の薬価改定では対象を大幅に増加させることで、2,500億円の削減を行うと見込まれており、これが小規模の調剤薬局の経営を圧迫するものと考えられます。市場規模が350億円を超える薬については、年4回の薬価改定が盛り込まれるなど、今後の先行きは不透明と言えます。
2点目は、「薬剤師の慢性的な不足」です。薬剤師はこれまで4年制の薬学部の卒業で国家試験を受験することができましたが、現在では6年制となっており、薬剤師が不足する原因となっています。また、6年制に伴い薬学部自体の志願者数が人気が下がってきています。4年制最後の年とあった、2005年には私立の薬学部志願者は12.3万人いましたが、2010年には6.3万人と半減しており、現在の卒業生は過去の半数程度しかいないと考えられます。更には、大手企業が出店攻勢のために多数の採用を行っていることから、地方や小規模企業での薬剤師の採用が困難となり、事業承継が進まない薬局が多くなっているのが現状です。
調剤薬局のM&Aは中規模案件が増加
調剤薬局業界ではこれまで、比較的小規模企業の事業承継としてM&Aが選択されていたこともあり、2000年代後半までは比較的規模の小さなM&Aが行われていました。
ところが、2010年に東邦HDによるメディカルブレーン(福岡県)の買収やクオールによるテイオーファーマシーグループ(中国・四国地方)の買収など、年商10億円以上の会社のM&Aが置きました。これらの買収を皮切りとして、2012年のマツモトキヨシによる士野薬局(石川県)の買収(13店舗)、2013年のメディカルシステムネットワークによるトータル・メディカルサービス(福岡県)の買収(35店舗)などが行われています。公表ベースでは、2016年におコン割れたJ-STARによるアイセイ薬局の買収(316店舗)が最も大きく、その次に、2016年11月のアインホールディングスによる葵調剤薬局の買収(115店舗)、2017年7月の阪神調剤ホールディングスによるメディカルかるがもの買収(60店舗)と続いています。
今後の調剤薬局はIT化推進が求められる
弊社のクライアント企業の中堅の調剤薬局グループの経営陣との議論をしていても、調剤薬局業界はIT化が非常に遅れているというのが、見解です。
お薬を発行するデータシステムであるレセプトコンピューター(レセコン)は非常に使いにくいものが多く、データ管理の不便さを考えても、よりよいシステムを開発すれば、調剤薬局の薬剤師の仕事の効率性は格段に改善すると考えられます。また処方箋情報についても、紙のお薬手帳のようにどこでも安心して使えるスマートフォンアプリなども普及していないため、かかりつけドクターと各調剤薬局での処方箋データをうまくやりとりすることも難しいのが現状です。
今後の調剤薬局業界は、規模拡大によるスケールメリットを活かすとともに、IT投資を積極的に行い、生産性の改善によって効率化していくことが求められると考えられます。また調剤薬局業界のIT化は医療業界全体のIT化に繋がる役割もあり、業界のリーダーとしての戦略が必要になると考えられます。
譲受企業が「新規事業」としてM&Aを活用する際の留意点
戦略のないM&Aは「高い買い物」にしかならない
譲受企業が新規事業としてM&Aを活用する目的は、大きく分けて下記の4つがあります。
1.売上の拡大のため
2.事業ポートフォリオの転換のため
3.社員育成の場を提供するため
4.企業改革の狼煙を上げるため
新規事業としてM&Aを活用する場合には、どの目的のためにM&Aをしたいのか、コンサルタントやM&Aのアドバイザーを活用して整理しておく必要があります。
昨今では企業業績がいいためか、「とにかくなんでもいいから新しい企業を買収したい」という譲受企業の社長の方もいらっしゃいます。実際に、高齢者向けのサービスをやっていた企業から、「高齢者に関係するサービスであればなんでもよいから買収したい」であったり、「店舗ビジネスが得意だから店舗ビジネスを買収したい」といった相談がよく筆者のところに寄せられます。
しかしながら、高齢者ビジネスといっても、介護施設の運営と葬儀会社の運営、高齢者向け食品配達では事業のビジネスモデルが全くことなります。また、店舗ビジネスといっても飲食店と小売店では全く事業がことなります。
譲受企業側が教訓にすべきことは、「戦略なきM&Aは、高い買い物にしかならない」ということです。IT系の企業を中心に、M&Aによる減損処理が決算説明会で多数報告されているのを耳にしている方もいらっしゃると思いますが、決して他業界のニュースを「他業界でおきたこと。自社は大丈夫だ」と思わないことです。
M&Aをするなら、まずは目的の整理から。そして、その目的の達成のためにいくらまで投資をするのか。この2点をきちんと決めておくことが、成功のための秘訣です。
新規事業としてM&Aを活用する目的は何か?
では、具体的に新規事業としてM&Aをする際の4つの目的を1つずつ説明していきましょう。
①売上の拡大のため
まず最も大きな目的は、売上の拡大のためでしょう。特に成長期の企業をM&Aすることで、それまで売上高成長率が1桁台だったものを2桁台へと売上の角度を変えられるという点が大きな目的になります。
昨今は上場企業も未上場企業も、売上成長が鈍化している企業は、株式価値や銀行の評点が着きにくくなっています。そのような状況で年数が経っている場合、自力で売上高を成長させるのは難しく、M&Aの活用が最適です。
②事業ポートフォリオの転換のため
次に、M&Aで新規事業を買収することで、新しい事業へとポートフォリオを転換することが可能になります。
例えば、DeNAやmixi、アカツキなどのゲーム会社では積極的なM&Aを行い、ゲーム事業に頼らない事業ポートフォリオを築こうとしています。また、卸・流通事業を営む企業は小売事業へ、小売企業は卸・流通事業へとM&Aで参入する企業が増加しています。病院が介護事業をM&Aしているのもその例に当たります。
③社員育成の場を提供するため
弊社では、新規事業としてM&Aをする場合、売上の拡大などの目的だけでなく、「社員育成の場」として活用することを積極的に提案しています。
大企業では、急拡大する事業がなかなかないものです。そこで、M&Aで成長企業を買収し、そこにエース社員を投入することで、新しい業界での知見や経営経験、そして修羅場の経験を積ませることができます。
現在の成功企業の経営者が、傍流や海外や子会社の社長などの経験をして本部の社長に上り詰めたことは、知られている通りです。M&A先というと2流〜3流の人材を投入することが多いのですが、エース社員を投入し、彼らの成長と事業の成長の両方を獲得することもできます。
④企業改革の狼煙をあげるため
最後の理由は、①〜③の応用編になりますが、2代目経営者や外部から抜擢された経営者が企業改革の狼煙を上げるためにM&Aを活用する事例も少しずつ増えています。
2代目経営者にとって、前経営者が存命のまま新しい改革を進めるのは難しいこともあります。周りの経営陣は自分よりも年上ですし、実の父を否定して新しいことを始めることにためらいもあります。そのような際に、新規事業としてM&Aを活用することがあります。
同様に外部から抜擢された経営者にとって、周りに少ししか味方がいないまま改革を進めることは難しいでしょう。そのような際に、新規事業としてM&Aを行い、「会社は変わるんだ」というアピールをすることが有効です。
実際に、2代目が経営するある人材会社では、「人の人生を変える会社を作る」というミッションのもと、ITのメディア企業をM&Aしました。自社のサービスだけでなく、様々な人生の転機に関するメディアを立ち上げることで、より自社のミッションに近づく事業へと企業を変革させました。
以上のように、譲受企業は新規事業としてM&Aを活用する場合に、自社のM&Aの目的を整理すること、そして4つの目的のどれに該当するかを考え、その目的に沿ったM&Aを実施することが成功につながると言えます
2017年飲食業の公表M&A件数は20件。未公表の案件が多数。
2017年の公表M&Aは業界再編対象が増加
2017年の飲食業の公表M&A件数(少数株主持分取得を含む)は20件となりました。飲食業界は小規模(時価総額1~30億円)のM&A案件が多いため、公表案件は少ないものが特徴です。
2017年の特徴としては、スシロー・グローバル・ホールディングスによる元気寿司の買収を筆頭に、業界再編を迫るM&A案件が多数見られました。
下記にて、著名なM&A案件について取り上げてみたいと思います。
- スシロー・グローバル・ホールディングスによる元気寿司に対する買収(TOB)
元気寿司は業界4位の回転寿司企業です。元気寿司は2014年まではかっぱ寿司を経営する、カッパ・クリエイトホールディングスとの業務提携をしていましたが、2015年にコメブランドで著名な神明がTOBで傘下にしていました。
今回の譲渡対価は226.19億円(取得時の株式価値と同等)で、100%株式譲渡となっています。
- チムニーによるマルシェ(八剣伝/酔虎伝)の少数株主持分の買収
マルシェは東証一部に上場する、「八剣伝」や「酔虎伝」などで有名な居酒屋・バーチェーンです。本社は大阪府にあり、関西・東海地方での店舗展開が多い企業です。売上は88億円、純利益が1億円で経営効率化を行っている最中での買収が発表されました。
チムニーは「はなの舞」に代表される鮮魚系の居酒屋チェーンであり、酒類専門店やまやの子会社となっています。株式取得時の株式価値は70.56億円で取得価額は7.9億円にて11.20%を谷垣忠成氏ら株主から取得しています。
- サントリーによる鳥貴族社長大倉忠司氏の株式持ち分の引受
サントリーは鳥貴族の創業者の大倉忠司氏から個人の株式を20万株、1.72%を取得しました。取得価格は4.65億円、100%換算270億円(株式価値と同額)となっています。売却後の大倉忠司氏の持ち分は23.4%で大株主のままです。鳥貴族にはサントリーのビールがメインで置かれているため、サントリーは鳥貴族の株式を保有し、戦略的に鳥貴族との関係性を構築したいのではないかと考えられます。
4.三井不動産による上野精養軒の株式取得
不動産の大手ディベロッパーの三井不動産は、上野にある老舗フランス料理店を経営する上野精養軒の株式の15.90%を11.13億円で取得しました。上野精養軒の売上は30億円であり、当期純利益は△0.1億円となっています。公表データによると、直近4年間は売上は横ばい水準になっており、利益水準も低く、店舗数も多くないことから、三井不動産がどのように株式価値を向上させるのかが課題になっています。